なんだか年々叩かれがちな村上春樹さん。
ネット上ではアンチなコメントが散見されます。
他方で、実生活では好きな人が多いのが興味深いです。
私も、翻訳ものを含めてほとんど全ての著書を読んできています(しかも当初はアンチでした)
実際に、私の周りの友人、特に女性で小説が好きな人で村上春樹の本が嫌いな方は殆ど見たことがないです。
なぜ村上春樹はそんなに賛否両論なのでしょうか?
古典文学が好きな僕は、最初に『ノルウェイの森』を読んだものの、全然しっくり来ずしばらくアンチ気味なスタンスでいました。
しかし、ふと別の小説を手に取ってから、私は春樹ワールドにのめり込み、そこからはほぼ全ての著書を読み尽くしました。
今回は、賛否両論になってしまう要因を小出しにしながら、村上作品の中からおすすめの小説を3つ、厳選しました。
書き出しとともに紹介するのでぜひお楽しみください。
変わりゆくもの、変わらないもの

村上春樹は、1979年に『風の歌を聴け』で作家デビューを果たしました。その後、世界を席巻するほど活躍され、日本で最もノーベル文学賞に近い小説家として毎年注目されています。
そんな中で、変わりゆくもの、変わらないものについてお話しします。
変わりゆくもの:爽やか路線、エロティックな表現
まず、変わりゆくものについて、ものすごくざっくり言うと「爽やか路線」が、年を経るにつれてこってり路線へと変化していきます。
エロティックな表現もまた、年を経るにつれて同様に過激さを増していっています(基本的に)。
近年はそれが主な原因で叩かれているわけですが、
これは『「エロの奥にあるもの」へ深入りする勇気があるのか?』で見方が全く変わります。
そのエロが物語においてどういう意味を付与しているのか、春樹作品を理解する上で非常に重要な点となります。
いかんせん否定派はその表面的な部分だけを切り取って批判することが多いのが残念です。
ちなみにノーベル賞を取った川端康成や、その周辺の三島由紀夫や安部公房あたりの著書は村上春樹と比較にならない位、エロくて、今そんな内容のものを書いたら即叩かれるようなことばかり書かれています。
表面的な字面を読み取って「まとも」に振る舞う人たちには、「この系譜」の作品の魅力は分かりづらいのかもしれません。
変わらないもの:「平易でお洒落な表現や情景」、「軽快なリズム感」と「難解な物語」、「現実と虚構の混在」
次に、変わらないものについて、これはやはり「平易でお洒落な表現や情景」、「軽快なリズム感」と「難解な物語」、そして「現実と虚構の混在」に集約されると思います。
「お洒落な」という部分においても、アンチの方々からすると鼻につくようです。
確かに30年以上前の世界で一人暮らしの男がバーでピンボールに励んでみたり、はたまたトマトソースのパスタをイチから作って云々みたいな話が出てきたらイラっとするのかもしれませんね。笑
この両方を踏まえて、いよいよおすすめの本を紹介していきます。
おすすめ1冊目『スプートニクの恋人』
“22歳の春にすみれは初めて恋に落ちた。
広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。
それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片っ端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。
そして勢いをひとつまみもゆるめることなく大洋を吹きわたり、アンコールワットを無慈悲に崩し、インドの森を気の毒な一群の虎ごと熱で焼きつくし、ペルシャの砂漠の砂嵐となってどこかのエキゾチックな城塞都市をまるごとひとつ砂に埋もれさせてしまった。
みごとに記念碑的な恋だった。
恋に落ちた相手はすみれより17歳年上で、結婚していた。
さらにつけ加えるなら、女性だった。
それがすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべてのものごとが終わった場所だった。”
(村上春樹著『スプートニクの恋人』より引用)
僕は、この書き出しにやられて貪るように読破してしまったことを今でも覚えています。
『スプートニクの恋人』も、先の話に照らし合わせながら言うならば、まさしく「平易でお洒落な表現や情景」かつ「軽快なリズム感」で、「難解な物語」となっています。
なぜ本作をおすすめするのか、それは沢山ある春樹作品の中でエロさがあまり出ていなくて、かつあまり「深いところへ沈みこんでいかず」、そして「読ませる」勢いみたいなものが圧倒的にあるからです。
春樹作品の取っ掛かりは爽やかめな作品からに限ります。笑
おすすめ2冊目『風の歌を聴け』
“「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向かってそう言った。僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少くともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。完璧な文章なんて存在しない、と。
しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。例えば象について何かが書けたとしても、象使いについては何も書けないかもしれない。そういうことだ。”
(村上春樹著『風の歌を聴け』より引用)
『風の歌を聴け』は、1979年に発刊された、村上春樹の処女作です。
この書き出しが日本の文学界に新しい風を吹かせたとのちに言われますが、話の爽やかさにおいて、私は本作が一番好きです。
70年代くらいのアメリカンポップス、もしくはシュガーベイブ、いや山下達郎の音楽を掛けながら夏の晴れた日の昼下がりにゴロゴロしながら読みたくなってしまいます。
デビュー作である『風の歌を聴け』から「平易でお洒落な表現や情景」かつ「軽快なリズム感」なのは相も変わらずである一方、「難解な物語」ではないかもしれません。
また、やはりエロさもあまりないのでとっつきやすいです。
そして、よくよく考えてみたらデビュー当時から「現実と虚構が混在」する世界観がありありと表出しています。
その点はある意味安部公房チックに思えるのは私だけでしょうか。
その後、『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』とストーリーが繋がっているので、読んで面白かった方はこの順番で読み進めていくとより一層楽しめます。
70年代の音楽やカルチャーが好きな方には特におすすめですよ。
おすすめ3『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
“エレベーターはきわめて緩慢な速度で上昇をつづけていた。おそらくエレベーターは上昇していたのだろうと私は思う。しかし正確なところはわからない。あまりにも速度が遅いせいで、方向の感覚というものが消滅してしまったのだ。あるいはそれは下降していたのかもしれないし、あるいはそれは何もしていなかったのかもしれない。ただ前後の状況を考えあわせてみて、エレベーターは上昇しているはずだと私が便宜的に決めただけの話である。ただの推測だ。根拠というほどのものはひとかけらもない。十二階上って三階下り、地球を一周して戻ってきたのかもしれない。それはわからない。
そのエレベーターは私のアパートについている進化した井戸つるべのような安手で直截的なエレベーターとは何から何まで違っていた。あまりに何から何まで違っていたので、とてもそれらが同一の目的のために作られた同一の機構を持つ同一の名を冠せられた機械装置だとは思えないくらいだった。そのふたつのエレベーターはおよそ考えられうる限りの長い距離によって存在を遠く隔てられていたのだ。”(村上春樹著「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」より引用)
村上春樹の作品で一番おすすめなのは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』です。
どこが好きかと言うと、「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つの世界が並列で存在していて、その中で「この世の真理」みたいなものを的確に射抜いて表現している点です。
SFと純文学が混在するような世界観をここまで精緻に確立させた小説は、他に見当たりません。
また、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』をもって、3回目の登場である「平易でお洒落な表現や情景」、「軽快なリズム感」と「難解な物語」、そして「現実と虚構の混在」はで一つの頂点を迎えます。
本作を読んでなおしっくり来なければ、それはもう仕方ないと言っても良いくらいです。笑
(参考)はじめに手を出してはいけない作品
村上春樹の作品を手に取るにあたって、最も注意しなければいけないのは
「一番有名な『ノルウェイの森』から手を出してはいけない」
ということです。
『ノルウェイの森』は、実は異色の作品であり、春樹作品を色々読んだ後で着手しないとあまりしっくり来ない方が多いように思えます。なにせ、持ち味の「平易でお洒落な表現や情景」も「軽快なリズム感」も感じられません。
また「難解な物語」ではあるものの、他の作品よりよほど明示的なのも「らしくない」です。
そしてなにより「リアリズム小説を書く」というコンセプトで、持ち味である「現実と虚構の混在」がない為、他の作品とは一線を画する形となっているのです。
他にも、21世紀に入ってからの小説は、取っ掛かりとしてはあまりおすすめできません。
エロさが前面に出ていて、そこに対してフィルターが働くと物語に向き合うのが難しくなってしまうからです。
まとめ
『スプートニクの恋人』、『風の歌を聴け』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と、3作品を挙げてみました。どれも間違いなくおすすめです。
爽やかめなものを選んでいるので、どれも読後感が良いのも特徴です。
そして、くれぐれも『ノルウェイの森』から入ってはいけません!ここが一番大事かもしれない。笑
超一流の作家であるがゆえ、オリジナリティが確立されており、その為に賛否両論となってしまう村上春樹の作品ですが、今回の記事を参考に、ぜひ手に取ってみて頂ければと思います。
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