70年代ソウル、R&Bを代表するアーティストと言えばDonny Hathaway(ダニー・ハサウェイ)です。ダニーは卓越した音楽的センスと歌声で、カーティス・メイフィールドやマーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダーらと共に、のちに「ニューソウル」と呼ばれる音楽ジャンルを築き上げました。
今回は、そんなダニー・ハサウェイの代表曲・人気曲から、ボイストレーナー/ミュージシャンである私が10曲を厳選して紹介します!
ダニー・ハサウェイについて
ダニー・ハサウェイは70年代R&B、ソウルを代表するシンガーや、作曲家、編曲家、プロデューサー、そして卓越したピアノ/キーボーディストです。キャリアは10数年とさほど長くない一方、短い活動期間の中で音楽史に残るような名曲をいいくつも世に繰り出しました。
ダニー・ハサウェイの生い立ち
ダニーはアメリカ・イリノイ州のシカゴで生まれました。有名なゴスペル・シンガーである祖母に持つ彼は、幼少期から教会に通いながらピアノを学んだのち、当時の黒人として珍しく大学へ進学しクラシック音楽を学んだのです。
ダニー・ハサウェイとニューソウル
しっかりとした音楽理論に加え、高等教育を受けたダニー・ハサウェイは、シャウトや派手なライブパフォーマンスをせず、クラシックやジャズのアプローチを取り入れながら自ら作曲や編曲に取り組みました。今日で言うシンガーソングライター的なスタイルは、既存の黒人アーティストとは異なり、先輩にあたるカーティス・メイフィールドやマーヴィン・ゲイらを含めて「ニューソウル」と呼ばれるようになったのです。
ニューソウルのもう一つの特徴は、黒人のアイデンティティや社会的な立場、既存の在り方について時に呼びかけ励まし、時に熱唱するというメッセージ性の強さです。これから取り上げる曲のほとんどは、それぞれ違った尺度から黒人へ訴えかけるようなメッセージソングであると同時に、人種を超え、時代的に疲弊していたアメリカ人全体に呼びかけるようなアンセムのような曲も中にはあります。
ダニー・ハサウェイの音楽性
ダニー・ハサウェイはシャウトを使わず、しなやかで力強い声から柔らかく温かい声まで幅広く使いこなしながら、エレピやピアノを使って弾き語りするスタイルを好んでいました。
また、ロバータ・フラックと同じハワード大学でクラシック音楽を学び、カーティス・メイフィールドのもと作曲、編曲、プロデュースに携わったのち、そのノウハウを惜しげもなく自身の楽曲制作に投入し、オリジナリティを発揮したのです。また、白人の曲だろうがロックだろうがジャズだろうが、人種や性別を超え、良い音楽を吸収し、カヴァーを通して再構築しながらオリジナルソングも繰り出す音楽性が特徴的です。
A Song For You(ソング・フォー・ユー)
リリース年:1971年
収録アルバム:ダニー・ハサウェイ
ダニー・ハサウェイにとって2枚目のアルバム「ダニー・ハサウェイ」に収録されている「ソング・フォー・ユー」は、卓越した編曲のセンスが存分に発揮された名曲です。ダニーはヒット曲やスタンダードを巧みに編曲しアレンジすることで「自分の歌」にしてしまう才があります。
この曲は元々レオン・ラッセルが作っているものの、私としては原曲よりも力強く厳かな雰囲気のあるダニーのバージョンの方がおすすめです。
This Christmas(ディス・クリスマス)
リリース年:1971年
収録アルバム:ダニー・ハサウェイ
洋楽の定番クリスマスソングといえばワム!の「ラスト・クリスマス」、そしてマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」が有名ですね。しかし!ダニー・ハサウェイの「ディス・クリスマス」も本国アメリカでは彼ら以上に定番となっています。
アッシャーやMISIA、クリス・ブラウンらもカヴァーしていてもはやスタンダードになっている感のあるこの曲はダニーの温かく優しい歌声が絶妙にマッチした彼の代表曲です。
Little Ghetto Boy(リトル・ゲットー・ボーイ)
リリース年:1972年
収録アルバム:Come Back Charleston Blue(ハーレム愚連隊~オリジナル・サウンドトラック)
私にとって、古いR&B、すなわちソウルミュージックに傾倒していったきっかけとなったのがこの「リトル・ゲットー・ボーイ」です。この曲のタイトルになっている「ゲットー」というのは、アメリカ映画やR&B、ヒップホップの楽曲に頻繁に登場する、アメリカ文化を知る上で重要なキーワードです。「ゲットー」とは、貧困層が住むエリアのことです。現在は事情が変わっていますがニューヨークのハーレムやブロンクス、ロサンゼルス のサウスセントラルなどがゲットーの有名なエリアが有名です。
そんなゲットーに住んでいる貧しい少年へ向けて、ダニーはこう呼びかけています。
「君は悩みや痛みを見てきた(※不当に差別され、時に正義の名の元に殺されることの比喩)」
「でも君はまだ若い、未来へ向けて踏み出すんだ!
「未来はきっと良くなる」
悲痛で生々しいメッセージゆえに、この曲は後世においてヒップホップの楽曲に用いられるようになり、多くのアーティストもカヴァーするなど、ダニーを代表する名曲として人気の一曲です。
ライブバージョン(※最後に解説あり)は原曲以上におすすめです!
What’s Going On(ホワッツ・ゴーイン・オン)
リリース年:1972年
収録アルバム:ライヴ
ミュージシャンや音楽好きの間でこの曲の話題になると必ず、「マーヴィン・ゲイのとダニー・ハサウェイのと、どっちが好きか」という話になります。
「ホワッツ・ゴーイン・オン」が収録されているのは、先の「リトル・ゲットー・ボーイ」も収録されている「ライヴ」という名盤です。ニューヨークで今も現存しているライブハウス「ビターエンド」で収録されたこの曲は、マーヴィン・ゲイの原曲をさらにジャジーに解釈し、カッティングギターとエレピ、ドラムのサウンドが前面に出たサウンドが特徴的です。このバージョンの熱量や温度感は凄まじく、時を超えても、機材の進化で臨場感ある音が収録されるようになっても、この絶対的なリアリティには到達できないと言われているほどです。
You’ve Got A Friend(きみの友だち)
リリース年:1972年
収録アルバム:ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ
ダニー・ハサウェイにはロバータ・フラックという盟友がいます。ロバータ・フラックについてはまた別途取り上げますが、彼女もまたR&Bやソウルミュージックを代表するアーティストです。
ダニー・ハサウェイは、短い生涯の中で彼女と共作・共演し、いくつもの名曲を世に繰り出しました。そのひとつが、「君の友だち」です。キャロル・キングによる原曲は生ピアノを中心にしたど真ん中なサウンドのアメリカンポップスである一方、ダニーとロバータによってアレンジされたバージョンはいかにも70年代ソウルという、エレピの柔らかく浮遊感ある音色を中心に据え、黒人のノリを出すリズム隊も冴え渡るアレンジが施されています。
ただ私の名前を呼ぶだけで良い
どこにいたって私のことを分かっていてくれる
ただ呼んでくれれば良い
あなたには「友達」がいる
マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」やカーティス・メイフィールドの「ムーヴ・オン・アップ」もさることながら、「きみの友だち」が持つ独特の包容力の高さに人々はどれだけ安堵したことでしょう。
この曲は、同年にリリースされたライブアルバム「ライヴ」ではダニーがソロで歌っています。観客が凄まじい勢いで歌うせいか、途中からゴスペルのようにコール&レスポンスの大合唱になっていく様がとても素晴らしいので必見ですよ!
Where Is The Love(恋人は何処に)
リリース年:1972年
収録アルバム:ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ
ダニー・ハサウェイとロバータ・フラックの共作からもう1曲。「恋人は何処に」は、2人にとって大ヒットとなった有名曲です。アルバム「ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ」よりシングルカットされると、ビルボード全米5位、R&Bチャートとイージーリスニングチャートで1位を記録し、グラミー賞の最優秀ポップ・ボーカル・パフォーマンス・デュオ/グループ賞を受賞しました。
どちらかというとロバータ節というか、ロバータ的な雰囲気が強い軽やかな曲調が素敵です。しかし、ダニー・ハサウェイは盟友の才能と、同世代のスター、スティーヴィー・ワンダーの存在に苦しむようになります。それがきっかけかは分かりませんが、翌年には統合失調症と診断され、以後は精神的に不安定となり表舞台から去ってしまうのです。
Someday We’ll All Be Free(いつか自由に)
リリース年:1973年
収録アルバム:愛と自由を求めて
「いつか自由に」は、1973年にリリースされたアルバム「愛と自由を求めて」に収録されたダニー・ハサウェイの代表曲です。アレサ・フランクリンやアリシア・キーズ、レジーナ・ベル、テイク6らもカヴァーしているので聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
差別に怯えず、胸を張っていこう。明日に希望を持って毎日を過ごそうというメッセージが込められたこの曲もまた、黒人にとってひとつのアンセムとなって後世に語り継がれたのです。
アリシア・キーズによるカヴァーもおすすめ!
原曲は浮遊感溢れるエレピの音と、R&Bのトップ・ギタリスト、コーネル・デュプリーのギターが良い味を出す一方、21世紀のディーヴァのひとり、アリシア・キーズはなんとピアノ一本でこの曲をカヴァーしています。
アリシアはヒップホップにも足を踏み入れながら、オールドスクールの本質的な部分にコミットした歌い回しやアレンジをしてくれるのが素敵です。ソウルフリークだけど最近のR&Bは・・というあなた。アリシアのライブバージョンを耳にしたら「最近のR&Bは・・」なんて思わなくなること間違いなしです!
Flying Easy(フライング・イージー)
リリース年:1973年
収録アルバム:愛と自由を求めて
「フライング・イージー」はキレッキレなサウンドやテンションコードが散りばめられたダニー・ハサウェイの代表曲です。ダニー・ハサウェイの歌声やエレピの音色を聴いていると、ついノリノリになってしまいます。これほど軽快さと歌唱力を両立させているアーティストは同世代で他におらず、この雰囲気こそがダニー・ハサウェイの真骨頂なのです。
ライブバージョンでは、さらにブリブリのベースにキレッキレなカッティングギターが前面に出ていてよりリズミカルな仕上がりになっています!
Valdez In The Country(ヴァルデズ・イン・ザ・カントリー )
リリース年:1973年
収録アルバム:愛と自由を求めて
ダニー・ハサウェイはR&Bやソウル界隈からだけでなく、ジャズ界隈からも愛されている珍しいアーティストです。
インストの「ヴァルデズ・イン・ザ・カントリー」は、ジャズセッションやソウルセッションの定番として親しまれており、ワウを噛ませたカッティングギターに歌うようなエレピのリードがカッコ良いですね!そこにパーカッションの細やかなビートも加わりグルーヴも最高潮に。ダニーがピアノの名手でもあるためインストのナンバーまでアルバムに盛り込んでしまうというスタイルが魅力的です。
The Closer I Get To You(私の気持ち)
リリース年:1977年
収録アルバム:愛の世界(ロバータ・フラック)
先に触れた通り、ダニー・ハサウェイは1973年に統合失調症と診断されると表舞台から去ってしまいました。かたや、盟友であるロバータ・フラックはスター街道を駆け抜けながらもダニーのことを気にかけており、1977年にリリースされた自身のアルバム「愛の世界」にて、「私の気持ち」にゲスト参加してもらうことに・・・。
ダニーの優しくて温かい歌声と、ロバータの柔らかく綺麗な歌声が絡み合った二人のデュエットは健在で、穏やかな曲調が魅力的です。翌年にシングルカットされるとビルボード全米2位、R&Bチャートで1位という大ヒットを記録しました。
ルーサー・ヴァンドロスとビヨンセのカヴァーもおすすめ!
私にとって、ルーサー・ヴァンドロスというアーティストはダニー・ハサウェイの後継者のように思える存在です。優しくて温かい歌声、ハリがある一方で少しハスキーな声質、圧倒的な説得力と包容力。1980年代以降に登場したアーティストで、ダニーが持てる才の全てを満たしたシンガーはルーサー・ヴァンドロスただ一人と言っても過言ではありません。
やはりR&Bやソウルはオールドスクールがたまらん!そう思えるカヴァーです。ビヨンセの話はまたそのうち・・・。
最もおすすめな名盤は「愛と自由を求めて」
ダニー・ハサウェイで最もおすすめな名盤はずばり!「愛と自由を求めて」です。1973年にリリースされたこのアルバムは、ダニーが精神疾患と診察される前後に制作されているにもかかわらず、その苦しみや予兆を感じさせない明るい楽曲も収録されているのが魅力的です。
今回の10選から漏れてしまいましたが、個人的には「Love, Love, Love(愛のすべて)」がとても好きで、他のどのソウルシンガーにも見られない情熱的で、かつ洗練されたジェントルな歌い回しがたまらなくカッコ良いのです。
また、先に紹介した「いつか自由に」は、一般的に未来を歌ったポジティブな楽曲と解釈されていますが、私はそれに反対で、むしろ「早く別の世界(天国)へ行きたい」とダニーが嘆くように歌っているように聴こえてしまうのです。そう思うがゆえ、アリシアのカヴァーもまた、ダニーへのはなむけとして歌っているようでやたらに「刺さる」のです。
ダニーは、先の「私の気持ち」がリリースされた翌年、1979年にニューヨークのホテルから転落して、若干33才にして亡くなってしまいました。一般的には自殺とされていますが、家族や友人は事故死だと主張しているようです。
ベストアルバムより、スタジオアルバムより「ライヴ」がおすすめ!
ダニー・ハサウェイはベストアルバムもリリースされておりますが、まずはベストアルバムやスタジオアルバムよりライブアルバムから聴くことをおすすめします!
なぜなら、ダニーの楽曲はスタジオアルバム以上にライブアルバムの方がクオリティの高さや圧倒的熱量がひしひしと伝わってくるからです。中でも先も「ホワッツ・ゴーイン・オン」などで取り上げた「ライヴ」というアルバムは、R&B、ソウル界隈のライブアルバムでも1、2を争う名盤として有名です。
ライブは2つのライブハウスで収録されているのですが、そのうちのひとつはニューヨークに現存しているライブハウス「ビター・エンド」です。カーティス・メイフィールドのライブアルバムも1971年にここで収録されているので、ソウルフリークやダニー、カーティスファンはぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか?
さいごに
70年代R&B、ソウルを代表するダニー・ハサウェイの代表曲・有名曲から10曲を厳選し、紹介してきましたがいかがでしたでしょうか?
同時代のR&B系アーティストは基本的に、時代の変化とともにディスコソングやブラック・コンテンポラリーといったポップな方面へ傾倒する者と、既存の音楽を掘り下げていく形のファンク方面へ傾倒する者とに分かれます。
ダニー・ハサウェイが凄いのは、ポップな楽曲を作っておきながら、楽曲に込められたメッセージ性の強さや凝ったアレンジゆえに、良い意味でどっちつかずを貫き通したことにあります。
同じピアノ弾き語り系のスティーヴィーはポップスターの階段を登りきり、盟友ロバータ・フラッタもまたヒットメーカーとしてのし上がる一方、ダニー・ハサウェイは玄人受けする面が強く、本人もそこに葛藤していたようです。
ただ、同世代のミュージシャンの誰よりもグルーヴしていて、斬新かつ暖かみや影があるダニーを、私は表舞台で輝くスティーヴィーやマイケル以上に大好きです。
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