フランソワ・トリュフォー『ピアニストを撃て』(1960、仏)

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トリュフォーの軽快でとりとめもない感じは、これはこれで好きだ。雰囲気が荘厳で主題は重めな方が基本的には好きだが、トリュフォーの映画を見ていると「これはこれで良い」という気分にさせられる。

トリュフォーは、なんというかいい意味で敷居が低い。いきなりゴダールやビスコンティからヨーロッパ映画に入ってしまっても人生にとって良好な影響を受けることはなさそうだが、彼の場合はドイツの最近微妙な巨匠(失礼な!笑)であるヴィム=ヴェンダースと同様、突発的に「たまにはヨーロッパ映画でも」なんていう思いつきで借りてもハズレというものがあまりないはずだ。社会の中に解き放っても万人が受け入れてくれるような、今の音楽でいえばミスチルだったりコールドプレイだったり、そういう立ち位置なのかもしれない。

言うてこのブログは私の中の言葉をたいして推敲せずにほぼそのままタイプしているだけなので無駄話が多い。レビューとしておきながらいつも作家の話からしてしまうのも悪い癖だ。とはいえ、別にきっちりして人にとって示唆に富んだ、何かの参考になるようなものを書きたいわけではない。むしろ、「この人、こんなものに触れているからそういう価値観になるんだ」ということを示したいという方向で文字や概念を羅列している次第である。

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<解説>
トリュフォーの長篇二作目は、敬愛するJ・ルノワール作品の女性賛美と奔放な享楽的タッチからの影響を、彼の大好きなアメリカB級ノワールの形に結実させた、軽妙な愛の悲喜劇。
夜のパリの裏町を男が走る。確かに追われているようだが、電柱に頭をぶつけて転んだ所を助けてくれた、人の良さそうな立派な体格の紳士と“幸福な結婚と家庭”についてしばし話し込む。この人を喰った開幕からして、トリュフォーのゴダールとは違った、(今の言葉で言えば)脱構築の狙いが察することができる。あるカフェに逃げ込んだ男は、そこのピアノ弾きシャルリ(アズナブール)の長兄シコーだった。彼は次兄のリシャールと共に山高帽の二人組と組んでギャングを働いたが、その金を二人占めして追われていたのだ。シコーを門前払いしたシャルリには孤独の影がつきまとう。そんな彼に思いを寄せるウェイトレスのレナ(デュボワ)に店主は横恋慕していた。シャルルは末弟フィドと二人暮らし。隣室の娼婦に弟の世話を焼いてもらっている。ある夜、優しいレナにほだされて一夜を共にしたシャルリはその苦い過去を回想する。かつてエドワール・シャイヨという国際的ピアニストだった彼には女給をする愛妻がいた。が、その客だったプロモーターが彼女と関係を持ったがため自分の成功があるのを知った彼は、許しを乞う妻を拒み、そのため妻は自殺したのだ。それでただでさえ臆病な彼は一層心を閉ざして、今の境遇にあった。翌朝、山高帽の二人が彼を訪ねる。店主の密告で住所を知ったのだ。これに怒って店主を訪問した彼は取っ組み合ううちち、店主のかざしたナイフで逆に向こうを刺してしまう。レナたちに匿われたシャルリは山高帽たちにフィドが人質に取られたのを追ってスイス国境の雪山へ。そこでは既に兄たちと連中で撃ち合いが始まっており、はかなくもレナはその犠牲となる……。意欲的な技巧の空回りする所も見られるが、盛り込まれたささやかなギャグが実に楽しい。

(allcinemaより)

トリュフォーとて、重めな作品もあれば軽めな作品もある。本作は扱っている主題や物語の性質の割にはだいぶ軽めな雰囲気を醸し出している。主人公・シャルリは過去の失態を期に、無の状態で街の酒場でピアノを引いている元超有名ピアニスト・エドゥアール。そんな前提にもかかわらず隣人の娼婦とは寝てしまうわ、自分に恋心を寄せるレナとの一線を越えようと色々してみたり、、前提と現実が見事なまでにズレていて面白い。トリュフォーの作品全般にいえることかもしれないが、この「ズレ」をいかに楽しめるかが大事なのではないだろうか。

自身とレナが山高帽の二人が誘拐されるシーンも、その後の末っ子・フィドが誘拐されるシーンも、シリアスなはずがユーモアありきになっていて、二人組は見ているこっちが恥ずかしくなるような女性論を繰り広げているシーンに至ってはレナが妙に楽しそうに振る舞っている。本当にトリュフォーは映画の中で役者を泳がせて、本筋と別のところでやんちゃ心を発揮する人だ。そういう「遊び」の部分を楽しみながらもじっくりと演技を見ていると、シャルリがレナに心を開く前に二人で歩くシーンなどなかなかじれったくて面白い。

しかし、やはり主題や言いたいことは決して軽くはない。シャルリには常に「芸術家になりきれない人」の影がつきまとい続ける。

「今の幸福は一つの恥辱の上に築かれているのです」

妻のテレーザのこの言葉が重くのしかかる。ここで妻を赦してあげていたらどうなったのだろう。どこか自信なさげな立ち振る舞いをするシャルリはどうにもこうにも幸せにはなれなさそうな男である。周りの大事な人間が死のうが人生は続いていくのだから手放しに面白がってはいけないのではないかという、実はなんとも取り扱いの難しい映画だったりする。滑稽なのにどこか重いというのは非常に共感出来るから、だから私はトリュフォーの作品が好きなのだろう。そんな感じ。

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